ふらっとスタバ&ドナルド・キーン『果てしなく美しい日本』読んで
もう10月も下旬…
ちょっと用事があり寄ってから、ふらっと大濠公園にきてみました。
ボートハウス解体中。。。
あれ?工事中?
そうです。ニュースでやってたボートハウスの解体作業中でした。
一度壊して、ロイヤルが福岡県産の食材を生かしたメニューのレストランをOpenするらしいです。
マリリンモンローが使った家具類は、新しいお店でも使われるそうです♪
大濠公園のスタバでのんびり。
きのこのキッシュとホットコーヒー。
ワンモアコーヒーで、おかわりしました♡
やっぱり平日が最高〜!
でも、そんなのを楽しめるのも今月まで!
来月から新しいお仕事が始まる。
日本人の信仰について
- 作者: ドナルド・キーン,足立康
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2002/09/10
- メディア: 文庫
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↑やっと読み終わりました。
外国から見た日本について書いてあって面白いけど、あれ?っていうところがいくつか…
この本が書かれた当時からだいぶ時間が経ち、かなり前提条件自体が異なっていることも確かにいくつかありますが。
でも、それを踏まえた上でも???と思うことも。
神道と浄土宗の両方を同時に信仰することについては、キリスト教のように一神教の人たちにとっては、不思議なことかもしれない。
南無阿弥陀仏と唱えればokの極楽浄土での幸せを願う浄土宗が流行るものの、
今を生きているのだから、作物が獲れないと生きていけないので、
現世での幸せを願う神道も両方信じたという風に書かれてるけど、事はそんなに単純ではないように思う。
こっちで満たされないから、別のこっちも。。。みたいな感覚でもないように私は思った。
本地垂迹説で言われるように、日本人は神と仏をそもそも分けて考えてはいない気が。。。
ある神は、ある仏の化身…だから、同一視に近い感覚な気がする。
絶対的な存在は無いかも。
何かは何かの化身で、それがどっちがどっちの化身であろうが、あんまり気にしてない気がする。
日本人は無宗教とよく言われるけど、そんなこともないのでは?と私は思う。
自然に対して畏怖の念を持ち、八百万の神を信じている。
浄土宗の御寺に行けば南無阿弥陀仏と唱え、密教のお寺に行けばオンバサラタラマキリクソワカなんて唱える。
日本人にとっては、神様も仏様も何かもっと大きな信仰対象の一部のような気がする。
自分が詳しく知らない宗教も、その大きな信仰対象の一部というか別の一面というか、そんな感じのものだと捉えているのかも?
なんだか うまく言えないけれど、もっと『まるごと』な感じがする。
他の国における信仰とはちょっと感覚が違うけど、信仰はあるんじゃないかな?と私は思う。
信仰のスタイルが違うだけな気がしたり…する。
じゃあ、その大きな信仰対象とは何か?と問われるとうまく説明はできないけれど、
自分たちが全て知り尽くすことはできない、常に知らないことがあって、
自分たちでコントロールすることができないことがあるというような、
そういう思想が日本人にはあって、それ自体が大きな大きな信仰対象とも言えるような???
気がする。
やっぱり信仰じゃないのかな?(笑)